知恵さんが公演の草はらを歩いていると、葉っぱの上に、とてもふしぎなてんとう虫を見つけました。
そのてんとう虫、なんと赤い背中の上の黒星が動いているのです。
それは、丸い背中をくるくる回っているように見えました。
黒星を消す
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星に数を入れる
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黒星の口を開ける
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速さを変える
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全部:
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6:
知恵さんは最初は興味津々それを眺めていたものの、ずっと見つめているとなんだか目が回ってきます。
知恵さんは、だんだん気持ち悪くなって、その場を離れようとしました。
でもなぜかそのてんとう虫は、知恵さんの後を付いてきているようなのです。
「いったいこの子はなんだろう」
知恵さんがふしぎに思っていると、
「これはふしぎなてんとう虫だね!」
突然そこに現れたおじいさんに話しかけられます。
「この黒星は確かに回っているようだ。しかし本当に回っているのだろうか?」
知恵さんは、変なこと言うおじいさんだ、と思いました。
「そんなの分かりきってる。どう見たって回ってるじゃん」
するとおじいさんは、
「じゃあ、こうするとどうだろう」
と黒星を一つずつ消していきました。
するとどうでしょう。
一つを除いて消してみると、その点は少しも回っておらず、ただまっすぐに行き来しているだけなのでした。
「ほんと! 確かに回ってたのに!」
知恵さんは驚きの声をあげます。
「次は逆をしてみよう」
おじいさんは、今度は黒星を一つずつ加えていきます。
「ほら、2つや3つでも結構回っているように見えるね。でも、内側を転がっているようには見えないな。4つや5つだとだんだんそう見えはじめるけど」
知恵さんも真似して、星をつけたり消したりして、どんな風に見えるか試しています。
「これって『目の錯覚』っていうやつ?」
知恵さんが聞いたことのある言葉を使って質問をします。
「うーん? これを目の錯覚っていう人もいるけど、ちょっと違うかなあ。でも関係はあるよ」
おじいさんは最初少し悩みましたが、急にいろいろ説明をしはじめました。
「人間てのは本当はバラバラなものでも、頭の中でまとまりをつくろうとするんだ。だから、これが回って見えるんだよ。こういうのを、ゲシタルトっていうんだよ」
知恵さんにはおじいさんの話はむずかしすぎるようですが、それでも目の前のことのふしぎさに、一所懸命聞いています。
「こうやって、番号をつけてみても、分かりやすいかもね」
「あ、分かりやすい!」
確かにこれだと回っているようにみえるのと、本当はまっすぐに動いているだけなのが一緒に見えます。
「ねえ、これをよく見ると、図形のちょっとした引掛け問題の答えが分かることに今気づいたよ」
おじいさんは嬉しそうに話を続けます。
「この6つの星が作ってる円の半径は甲羅の半径のちょうど半分だけど、その小さな円が大きな円の内側を転がるとき、一周するには何回転すればいいだろう」
突然、算数の話が始まって、知恵さんは面食らいました。
「ええ!? わかんないよ!」
「じゃあ、大きな円の回りの長さは小さい円の回りの長さの何倍かはわかる? ちなみに円の回りの長さは半径に比例してるよ」
「え、え~と」
習ったことのはずですが、いきなりそんなことを言われても困ってしまう知恵さん。
「比例ってのは、一方2倍にすると、他方も2倍ってことだよね。すると、大きな円の半径は小さな円の半径の2倍なんだから、その回りの長さも……」
ここまで言われたら、知恵さんにだって答えられます? 少し自信なさそうですが。
「2倍?」
「そう! じゃあ、さっきの問題に戻ろう。小さい円が大きな円の内側を転がるとき、一周するのに何回転すればいい?」
「2周!」
今度は自信満々の知恵さん。なのに、
「ところがどっこい!」
とてもうれしそうにおじいさんは間違いだというのです。
「数字をよくよく見てごらん。小さい円は一周で何回転してる?」
「あれ? 一周しかしてない!」
あまりこの話に興味を持っていなかった知恵さんも少し驚きます。
「でも、どうして?」
「ね、結構ふしぎだろ? せっかくだから暇な時とかに、ちょっと自分で考えてみてよ。大人でもかなり悩むんだよ」
そう言われて、知恵さんは少し肩透かしを食らったような顔になります。
仕方がないので、答えが欲しい人にはこっそり教えますよ。
「ところでさ、さっき目の錯覚の話が出たけどさ、なんかこの6つの星がつくる丸の中、ほかのところと色が違って見えない?」
「えっ!?」
また急に話が変わって驚く知恵さん。
「ほら、なんか少し黒っぽい六角形がちらちら見えない?」
「う~ん。見えるような見えないような……」
「じゃ、こうしたらどうだろう?」
「あ、見える! 確かに見える。」
なにもないところに境目が見え、あるはずのない六角形が確かに見えます。
「でも、今度はこの六角形、周りより少し白く見える」
「確かにそうだね。これも人間が模様の中に形を見ようとするからだよね」
「ふーん」
知恵さんは、おじいさんの話を聞き流しながら、今までのことを組み合わせていろいろ遊んでいます。
おじいさんも、じぶんの話が全部わかってくれているわけではないことなんてお見通しでしたが、気にせず笑いかけます。
「じゃあ、もっといろいろ遊んでみようか」
「わあ、速すぎて回ってるかどうかもよくわかんない!」
知恵さんは、黒星の速さを目一杯上げて見ます。速すぎて残像が見えるくらいです。
「1つずつ違う速さにしても面白いかもよ」
おじいさんはそそのかします。
「うわあ、むちゃくちゃになっちゃった」
黒星はてんとう虫の背中をでたらめに動きまわり、もうとてもくるくる回っているようには見えません。
「どうしよう、もとにもどらなくなっちゃった!」
知恵さんは、もう一回黒星を最初のきれいな形に戻そうとしますが、いろいろやってもうまくいきません。
「大丈夫、リセットボタンを押せば、全部もと通りだよ」
おじいさんがパニックになった知恵さんに優しく教えてあげます。
「ほんとだ! 良かった! あのままじゃ、てんとう虫さんがかわいそうな気がしたもんね」
知恵さんは胸をなでおろします。
「ありがとう、おじいさん! あれ?」
お礼を言おうと思って、振り返ると、そこにはもうおじいさんはいません。
風の吹く草はらの中、ふしぎなてんとう虫と一緒にひとり立ちつくしながら、知恵さんはもう夕方なので家に帰らなくてはいけないことに気づいたのでした。
おしまい