淡中 圏の脳髄(永遠に工事中)

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Deus Otiosus

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Deus Otiosus

ある日、この世を見そなわしていたレティクル座の神様は、暇つぶしに世界を滅ぼすことに決めた。できるだけ理不尽で意味不明なやり方で。

ハオマのカクテルに酔いしれ、天使達が口元まで運ぶアムブロシアーをだらし無く咀嚼し、こぼして口の周りが汚れても天使達の透明な指が清めてくれるまで知らんぷり。むしろ彼女たちの甘美な指先をねぶって邪魔しようとばかりしている。そんな永遠の昼下がり、霧箱に現れては消える一閃の宇宙線の軌跡のように繊細な天使たちの透き通った髪に鼻をくすぐられてくすくす笑っていたとき、神は久方ぶりに地上の存在に思いを致した。視界の縁を汚すかつての手遊びの跡に気分を害した神は、ふと悪戯心を起こして、その琥珀の指をふっとある形に降った。それは神がかつて光あれと言った時、アインからアイン・ソフ、アイン・ソフからアイン・ソフ・オウルを生じさせた時に使った言葉を綴るための文字の簡単な組み合わせであった。

それによって、歌をせき止めていた玻璃の天の窓が開いた。それまで、歌は調整された弁から少しずつ流れだし、男たちが汗をかく仕事場で、女達が腕を振るう調理場にて、そして誰もが陽気になる温かい夕餉や、長年膠質の心で結ばれた親友や一期一会の行きずりの友たちが酒を酌み交わす酒場などで、適宜適量湧きだしていたのだ。止めどなくあふれだすのは、一部の特異な例だけであった。

しかし、その日から、あまねく全ての人々が口を開けば、流れ出てくるのはただ歌のみ。挨拶も世間話も、口を開いた途端にメロディの漣の上をぷかぷか浮かび、ハーメルンの笛吹に操られているかのようにリズムに乗ってどこかへ去っていってしまう。体言は用言を誘ってチャールストンを踊りだし、意味を成すことを放棄する。

人々の生活はたちまち支障を来し、交通や輸送は滞り、ライフラインは泊まり、政府は麻痺した。人々は歌い踊りながら、街の通りに繰り出して、悲鳴を上げようとした。怒り狂いながら、街を破壊し、略奪の限りを尽くそうとした。男たちは女達を陵辱しようとし、女たちは男たちを騙そうとした。しかし、それすらも世界を埋め尽くす歌の暴力の前には、霞んでしまった。

人々は次第に、歌うことに倦み疲れ、口を塞ごうとした。しかし、幾ら歯を食いしばっても、その隙間から、鼻から、耳から、目から、毛穴という毛穴から、歌が漏れ出すことをどうしようもなかった。

人々は同時に、歌を訊くことに飽き、心を萎えさせていた。しかし、幾ら耳を塞いでも、その骨を伝い、肌を伝い、体の芯の奥深く秘められた心の座まで、それは土足で踏み込んでくるのだった。

心の弱いものから発狂し、喉の奥に石を詰め込んで、自死を選んだ。歌から逃げるために、水に飛び込んで死んだものもいる。偶然助かった者の言うには、死ぬ方法としては良くても、歌から逃げる方法としては全く効果がないとのことだった。

次第に、人々の口から流れでた歌は溜まっていき、低地の集落から飲み込まれていった。人々は泣き喚くことすら出来ずに、歌の大洪水に巻き込まれ、窒息死していった。

かつて神の声を聞いたと主張し、罪深い地上を神が罰する日のために方舟を作って、中に動物の番を集めていた狂人は、歌い踊りながら逃げ惑う人々を眼下に見て、喜びの舞を舞いながら、歌の津波に一飲にされ、歌を吸った肉がガスを発して見難く膨らんだ溺死体と化した。歌は水よりも軽いので、方舟は歌には浮かばない。

こうして地表に僅かに残った、人々や動物たちは、次第に高地へと追い詰められていった。しかし、げっそりとやせ細った彼らの口からは、あいも変わらず、うっとりとするほど美しい、この世ならぬ愛や人並み外れた勲しについて高らかに歌った歌が流れだす。

人々は、それを聞きながら、とうとう得心がいった。このような残酷で美しいやり方で世界を滅ぼすことができるのは神だけだと。そして、世界にかくも見事な終わりを与えてくださった神に、感謝の歌を捧げようとした。

しかし、彼らの唇から漏れてくるのは、神が自らを愚弄するために凝りに凝って作られた巫山戯て下卑た戯れ歌ばかりであった。

解説

筋肉少女帯が好きだったんだねえ

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