淡中 圏の脳髄(永遠に工事中)

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いつかの涙

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いつかの涙

 確かなことなど何もなかった。実際、世の中には確かなことより確かじゃないことのほうがずっと多くて、このことは世の中に非常にまれな確かなことのひとつなのだが、このことの手近な実例としては、この文章を書きながら、彼女の名前も知らないことにいまさらながら気づかされたりしている。

 彼女は泣かない子だと思われていた。仲の良い友達が引っ越してしまったときも、飼っていた子猫が帰ってこなかったときも、大好きだった母親が事故で死んでしまったときも、涙を見せなかった。彼女は産まれたときでさえ、声を上げなかったと聞かされた。ある人はそれを彼女の強さととったが、それは間違いである。ただ、彼女は呆然としていただけなのだ。その悲しみをその小さな体で受け止めることができなかっただけなのだ。だから彼女には、体と心を空っぽにして、嵐が通り過ぎるのを待つしかなかったのだ。そしてそれから数日から数週間ほど後に、ようやく受け入れる準備が整ったときに、彼女は涙を流すことができる。それがいつなのか彼女にも分からないため、突然の涙にいつも慌ててしまう。一人でいるときはいいのだが、他人といるときはそれの訪れを感じたときに、急いで一人になれる場所を探して、これはあの悲しみなのだ、ようやく来てくれたのだ、と自分がまだ悲しむことができることに少し安心しながら、静かに涙を流す。悲しいことがあってから、悲しみが訪れるまで、彼女はいつも少し不安なのだ。

 しかし、そのときは少し勝手が違った。それは駅のコンコースを歩いているときだった。今までにない、大きな悲しみが彼女の元に降り立ったのだ。どこか近くの手洗い所に避難する暇すら与えられなかった。彼女はまず立ち尽くし、そしてどうにかこうにか道の端まで行って、そこでうずくまった。両手で顔を覆い、何とか声を上げないように必死に努力して。しかしそれでも嗚咽の声が指の間から漏れてしまう。このままでは叫びだしてしまいそうだ。彼女は壁と一体化しようとするオノレ・シュブラックのように壁に身を摺り寄せながら、必死に思い出そうとした。これはいったい何の悲しみなのか。いったいこの悲しみはどこからやってきたのか。しかし彼女には思い当たる節がない。このような激烈な悲しみを彼女は感じた覚えがない。どんな大切なものをなくしたときも、どんな大切な人を失ったときも、これほどの悲しみの波が寄せ来たったことはなかった。涙の奔流に翻弄される木の葉のように、彼女には何もできなかった。

 彼女は知らなかった。そしてこれからも知ることはない。その涙が、彼女が生まれたときに流すはずだった涙であることを。暖かい場所から、この冷たい、寒い場所へと出てきた苦痛と、この世に生まれることにより、これからは時間をかけて何もかもを失うことしか残されていないことの悲しみの、涙であることを。彼女は知ることができなかった。彼女にはどうしようもなかった。

 私にもどうしようもなかった。私は彼女を知らなかったし、ここに書いたような彼女の来歴も知らなかった。これからも永遠に知ることはないだろう。私はただ、駅のコンコースを歩いていて、片すみに蹲る彼女を目にとめただけだったのだ。私は一瞬心配したが、すぐに自分の用を思い出し、早足で歩き去ってしまった。私にはどうしようもなかったのだ。

 実際、世の中にはどうにかしようがあることよりどうしようもないことのほうがずっと多くて、このことは世の中に非常にたくさんあるどうしようもないことの例の一つであり、またこのことはどうにかこうにか確かだといえそうな例の一つでもある。

解説

 駅を歩いていて見かけた光景から一気に書いたような気がする。

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